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2007年12月 アーカイブ

2007年12月06日

誰もてめえのことなんか読みたくねえんだよ

タイトルは、念願の本の一冊だった、今月の刊行予定、『差別と日常の経験社会学』の冒頭、はしがきで著者の倉石一郎さんが、ライター永沢光雄さんの本から引いている言葉です。この言葉に「違うんだけどなあ」と永沢さんが返す独白に倉石さんは共感し、また倉石さん自身が獲得した視点も提示するのですが、ここにこの本が、他の差別問題をあつかった既刊書とは違う、独自の位置を獲得している核心部分が示されています。

それは、「自分を語ることでしか自分を書くことでしか、対象となる他者の姿は書き得ない、彫りこめない」という、「恥ずかしく」「なさけない」経験を積み重ねる中で確信に変わっていった研究態度であり、書き物をする姿勢です。であるから、当然の事として、これまで疑われることの少なかった対象への向き合い方、つまり、「当事者」=「マイノリティ」であり「被差別者」であるという了解事項を、自明のものとはしないということに繋がります。

こうした態度があって、はじめて、無批判な対象への寄りかかりと裏返しの支配〈もっといえば考えることを放棄したかのような血債的態度〉から、自律できるのかもしれない、倉石さんのこの本はそんなことも提示している気がします。

この本、実はもっと早く上梓されるはずでしたが、年内ぎりぎりということになってしまいました。ひとえに版元の責任ということにつきますが、苦労した上で刊行にこぎつけることが出来て、わたしも〈そして倉石さんもおそらく〉感慨一入のものがあります。今月20日ぐらいには書店に並ぶはずです。お読みくださいますよう。


PS1:昨日は『母よ!殺すな』復刊のこと、話をしてくれとご依頼を受け、神奈川「青い芝」の研修会で、恥ずかしながら少しお話をさせていただきました。拙いわたしの話はともかく、横田さんや小山さんにお会いでき、お話も聞けて、まあやはり筋金入りであることよと思ったことでした。お持ちになっている危機感、大変なものがあります。食事までご馳走になってしまい、お礼の申し上げようもありませんが、わたしはわたしなりに「はやく ゆっくり」やっていこうと思います。

PS2:そろそろ、正月料理を考える季節、南東北でしか食べないと思われる料理をひとつ。料理名はずばり「イカニンジン」。スルメとニンジンをそれぞれ細い短冊に切りそろえます。醤油と酒と味醂ベースの漬け汁に、暮れの28日ぐらいから漬け込み、年が明けたら食べます。以上終わり。昆布も数の子もなにも入らないので、松前漬みたいにヌルッともしません。少ししなっとしたイカと、なんだか漬け込まれるのを拒否したようでシャッキリしたニンジン。塩分控えめなんのその。美味いのかそんなもの? 昔から食べているのです。美味いです。

2007年12月16日

田舎にて

田舎の義理の叔父が亡くなり、日帰りで葬儀へ。膵臓癌が見つかって入院してから、2ヶ月足らずで逝ってしまった。60歳。言っても詮無しとはいえ、早すぎる。

まだ小学生のころ、叔母のデートの出しに使われたことがあり(亡くなった叔父の働いていた、隣町の電気店に車で行って、少し話をするというだけのものだが、当時交際を反対されていたらしく、本屋に私を連れて行く―私の生まれた町には本屋がなかった―という方便で出かけたように記憶している)、それもいい思い出なのだが、叔母と結婚した後も、近くに住んでいることもあって、私の生家の農作業などよく手伝ってくれていたようだ。私はと言えば、なんだかんだと理屈はいうものの、農業の実務など一切出来ず、老親や兄とは遠く離れ、まあ勝手なことをやっているわけで、そうしたことにはとても感謝していたものだ。

その叔父、めったに会うことはなくなっていたが、豪快で元気がよく、色々な手作業にも明るくて、何よりいい酒の呑み方をする人だった。

通夜ではなく葬儀に出るので式服がいるが、買い替えをせねばならず、急ぎ購入して、朝、新幹線に飛び乗る。F駅で降りる。ここ何年かの冬では一番寒い。少しの待ち時間の間、立ち喰いの〈肉蕎麦〉*を啜りこむ。第三セクターのA急行線に乗り換えて、H駅からはタクシーで葬儀の式場である叔父叔母宅へ。叔母と一緒に大きくした苺栽培、そのハウスとハウスとの間を貫く農道を抜けていく。遺族席に叔母と子どもたち。私の父も畳の座敷の少し前の方にいた。仕事のこともあり、お悔み、焼香の後は、精進上げにも参加することなく、生家に僅かの時間立ち寄った後、日に3本しかないF駅への直通バスの最終便(といっても夕方の4時なのだが)に乗り、東京へは夜7時過ぎに戻った。

これから、田舎へ行かなければならない事由として、弔事が多くなるのかもしれない。それは止むを得ないことなのだが、60歳での死は予想すべくもなく、やはり応える。

私自身は、いつまで生きることになるのだろうか。ズルイ事をして名を成したいとは、些かも思わないけれど、立てた志に(少しは)恥じることのない本を、この後も出し続けていくことが出来るだろうか。仕事に倦んだり、惰性で動いたりということに陥ったり、あるいは陥っていることにすら気づかない、といったことにはならないだろうか。時間はある。しかし時間はない。

年の瀬に、田舎で、バスに揺られながら、そんなことを思った。


*温かい蕎麦に、豚肉のバラが入ったもの。東京だと豚肉が入った蕎麦は、カレー系になるが、南東北ではカレー南蛮は鶏肉(のはずだが、今もそう言い切れるかの自信はなし)。〈肉蕎麦〉は、かけに豚肉というごくシンプルなもの。冬、ことのほか美味い。ちなみにA急行線、F駅改札近くの立ち喰いでは、450円。

2007年12月29日

年の終わりに リターンズ

会社を立ち上げて2年目が暮れようとしている。

今年に入って、15点の本を出した。
書き手の皆さんに恵まれて、船出したばかりの版元としては身に余る評価もいただいた。
あらためて書き手、売り手、読み手のすべての皆さんに感謝したい。

今月、川口有美子さんが、『母よ!殺すな』を書評で取り上げてくれて、
『(Tに)声をかけると「もう買う人が買ってしまったからね」と不景気な返事が戻ってくる』
と書いておられる。
思わず笑ってしまったが、そう答えたのは本当のことで、なかなか本は簡単に売れるものではない。
でも、「昔出ていたいい本」で終わらせるわけにはいかない。
今、読まれるべき本なのだということを、何度でも、どこででも、言い続けていこうと思う。

パキスタンで人が死んでいる。「指導者」も死んだが、他にたくさんの人が死んでいる。
日本で、彼の国や特定の宗教への、謂れなき偏見や恐怖心が煽り立てられないことを、祈るのみだ。
そして、あまりに当たり前のことだが、やはり理不尽なことで、人が死にゆくのは良くない。

日本でも人は理不尽に死んでいる。それは横塚さんが生きた時代と変わらない。
生活保護が切られて殺されるのは良くない。
「尊厳」だとかで、死が法制化されるのは良くない。
誰もが、まっとうに生きられる、生き続けられる道を、しつこく、何とかして、探さなくてはならない。

今日も明日も、次の年も、
本を作る仕事を通して、そういう当たり前のことを考え続けていくしかない。

良いお年を!

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