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【Web連載】
認知症とともに、よりよく生きる 12
〜トンネルの中で〜
水谷佳子
「今日は女性ばっかりで緊張しちゃうなぁ」「あら?どうして?」「我が家は女性が強いんですよ。ひとつ言うと百くらい返ってくるから参っちゃう」。倫生さんの挨拶に笑いがあふれたところで、恭子さんが話し出しました。
* * * * *
恭子さん:
私ね、匂いがしなくなりました。
花の香りも、食べ物の匂いもあんまりしない。
英子さん:
匂いは私もしなくなりましたね。
でも、嫌な臭いはものすごく敏感。
夏は汗!
すれ違う時の汗の匂い、
あれでもう、うわぁってなっちゃう。
倫生さん:
僕は、匂いはしますね。
恭子さん:
匂いがダメになったので
夏は特に、自分がこう……ちょっと臭うんじゃないか、
汗臭いって感じられてるんじゃないか、
そういうのが気になるようになりましたね。
一人暮らしですから、自分では気がつかなくて…
誰かが来ると「ねぇ、私臭わない?」って聞いたりして。
今のところ、「大丈夫」って言われますけどね。
優子さん:
うん、今日も大丈夫よ。
恭子さん:
味はわかるんで、よかったと思いまして。
食事の味がしなくなったら、悲しいですよね。
匂いも寂しいですけどね。
英子さん:
私みたいに、
嫌な臭いには敏感っていうのも困っちゃう。
優子さん:
いい匂いはしたいですよね。
恭子さん:
うん、でも私の場合、どんな匂いでもしない。
このコーヒーも匂いはしないけど
昔の味を覚えてるから、
「ああ、今コーヒー飲んでるんだなぁ」って
匂いを思い出しながら、想像しながら、味わうんです。
香りと味って結びついてますよね。
ちょっと寂しいですよね。
なんか、世界が狭まる感じ。
お料理は好きだったんですけどね、
この頃は、決まりきったものを作ることが多くなりました。
いろいろと手を広げて何かこしらえる気がしなくなってね。
要するに、栄養のことだけしか考えないみたいな……
肉か魚か、それにご飯、お豆腐とか納豆。
お野菜は、茹でて済ませる。
食べなきゃいけない基本的なものが揃えばいいや、っていうね。
それも、ちょっと寂しいですね。
昔は食いしんぼうだったんですけど、
今はもう全然、食いしんぼうじゃなくなりましたね。
楽しみが減っちゃった感じ。
誰かに作ってあげなきゃならない立場じゃなくて
よかったと思います。
英子さん:
私は作ってあげる立場なんですけど
もう嫌ですねぇ、毎日毎日。
優子さん:
一緒(笑)
でもちゃんと作ってるんでしょ?
英子さん:
仕方なく作ってるからストレスで。
好きで作ってるわけじゃないから。
優子さん:
何品もつくるんですか?
英子さん:
だんだん品数も減ってきましたけどね。
もう嫌だ! 三食でしょ? たまらないですよ。
だからお昼はもう簡単、簡単。
私がいないときは必ず外で食べるようしてもらってます。
夫の用事……病院・銀行・散髪……とかいうのは
全部11時半に予約入れるように言ってるんです。
そうすれば外で食べて帰ってくるでしょ。
優子さん:
じゃ、もう毎日ご主人にどっか行ってもらうといい(笑)
英子さん:
そうなんですけどね(笑)
銀行や散髪に毎日行くわけでもないし…
何かほかにないかしら?
恭子さん:
私、母を看取ってから一人暮らしなんです。
寂しくって寂しくって、朝から晩までボーっとしてる日なんかもう
ホントにどうしていいかわからないっていう状態が多いですね、今は。
だから、忘れることが不安っていうよりも、
その……怖い、寂しいっていう状態の方が応えてますね。
かといって忘れっぽいって事は確かですし、ねぇ。
両方で攻められてこの頃辛いですね。
倫生さん:
失礼ですけど、趣味とか好きなことはどうなんですか?
恭子さん:
あの……手紙も書く気が起きなくなったんです。
外国に友達がいて、毎年クリスマスカード送ってくれて
私も、年賀状で返信して、なんてやってたんですけど
去年はカードもらっても返事を書かなかった。
ううん、書けなかった。
そういうふうな状態になっちゃってて。
もう、いろんな人に不義理してしまって…
英子さん:
今日、よく来てくださいましたね。
恭子さん:
いやいや、なんかどっか救いを求めてって言ったらアレですけど、
なんかヒントはないかな、
みなさんどうなのかなぁと思いましてね。
倫生さん:
僕は年賀状とか手紙、書かなくなったなぁ。
字が汚くなりましたね。
恭子さん:
私、書いてるつもりがワーって崩れちゃって、
きちっと書けないんです。
英子さん:
私もね、字が下手っていうか、
なんでこんな変な字を書いてるのかっていう…
優子さん:
私も字が汚いんですけど、
これじゃいけない、と思ってちゃんと書くような努力はしてます。
恭子さん:
いえいえ、私も前は汚いなりに
気を配って書いていたんですけど
それが、できなくなったんです。
英子さん:
私もちゃんと書くようにって意識はしてますよ、
でも、それが続かないんです、最後まで。
名簿に名前書いたり、
日常の中で何かちょこっと書くことってあるじゃないですか。
そういうちょっとしたことでも、
最初はキチッと書いていてもだんだん崩れていく…
恭子さん:
字、忘れませんか?
優子さん:
忘れてます。
英子さん:
忘れてますね。
倫生さん:
昔からすると半分位は忘れてますよ。
英子さん:
今までスっとかけた字がなんで出てこないんだろう…
それで、あーでもない、こーでもないって
頭の中で必死になってます。
倫生さん:
今では漢字書けない。自分の名前も書けない。
一同:
それはない(笑)
倫生さん:
いや、本当なんですよ。
息子の名前……名前はいいんだけど字がね。
どういう字だったか……あれっ?ってなって。
それでね、お前の名前なんてったっけ?て言ったら
えらい怒られて……
一同:
(笑)
英子さん:
そりゃそうでしょう。息子さんにしたらね。
でも、そういう事もありうるもん。
倫生さん:
その時は思い出しても、
どうしても、また、どんな字だっけ?って。
英子さん:
しばらくすると出るんですけどね。
その時にパッパって出ないってことがいっぱい…
恭子さん:
そういうのがあると、
人とお話がだんだんうまく出来なくなるから
黙っちゃうことが多いんです。
言葉がすぐに、こう、出てこないとか、
名前が出てこないと、ね。
なんか、話が止まっちゃうじゃないですか。
優子さん:
何だっけ? 何だっけ? って……
思いつくこと、ヒントになるようなこと言ったら、
誰か答えてくれるんじゃない?
「ほら、あれよぉ」「あれでしょ?」なんてよくやってますよ。
恭子さん:
そういう雰囲気ならいいんですけどねぇ。
そうじゃない時はね…
倫生さん:
この前、何年かぶりに中学の同級生と会ったんですよ。
どう見ても「あ、あいつだよな」って分かってるんだけど
ただ、名前が分からない。
僕は分かったふりしてしゃべったんだけどね。
英子さん:
あぁ……
倫生さん:
お前、そうお前だよなぁて、分かってるんだよ。
でも、最後まで名前がわからない。
何十年も会ってないんならね、あれだけど
3年くらい前に会ってる奴でね。
いま、何してんの? なんて話になって
割と近くにいるっていうから、今度会おうかってなったんだけど
いまだに思い出せない……
「お前の名前なんてったっけ?」なんて……
英子さん:
聞けないよねぇ。
優子さん:
名刺くださいっていうのは?
恭子さん:
友達にはちょっと言いづらいですよね。
倫生さん:
とうとう聞けなかったんだよね。
英子さん:
だから私、同窓会行かないんです。
優子さん:
え? ホント? あなたが?
恭子さん:
私も集まりには行かなくなりました。
言葉とか名前が出てこないと、ね。
今日は、こうしてお話してますけど……
でも、こうやってお話してても、
胸の奥では寂しい、つらいんです。
何とも言えない……ホント、この不安を取り除きたい。
こんな風に……
自分が、こんな風な状態になるとは思わなかったですね。
ああ、こんな人生か……と思ったりして。もう嫌だわ。
優子さん:
良いように……
良いように、良いほうに考えてくしかないじゃないですか。
悪いように悪いようにって考えたら
いつまでたっても、こう……トンネルから出られないから。
恭子さん:
なんとなく恐いっていう感じがね、今はね……
英子さん:
みんな、将来不安ですものねぇ。
どうなるのか、なんて思いますよね。
倫生さん:
将来どうなるのか、施設いくのかなぁ、とか……
僕も考えちゃいますよ。
恭子さん:
そうですよね。
私は一人暮らしを続けたいんです。
施設に行くのは嫌だから、そこは頑張って……
何とか今の暮らしを続けられたらって。
英子さん:
私もいろいろ考えますよ。
恭子さん:
考えちゃいますよね。
そしたら、お金も要るしとか、
生きてる間足りるだけのお金、あるかしらとかね。
なんか、いろいろ考えちゃいます。
優子さん:
だから、将来のこと、あんまり今思っても
なるようにしかならない…
恭子さん:
なるようにしかならない……そういう風な思いになれば……
優子さん:
でも、そう簡単には、思えないですよね。
ある意味、自然な気持ちの流れなのかもしれない。
恭子さん:
そうですね、きっとそう。
本当に、自分がこんなになるなんて夢にも思わなかった…
優子さん:
ですよね、皆そうだと思いますよ。
自分だけは大丈夫だって…
まさかこんな事になるとはって…
恭子さん:
そうですね。
一同:
……
優子さん:
それ考えると、私も落ち込みます。
なんでこんな病気になっちゃったんだろうとか、
将来どうなっちゃうだろうとか。
恭子さん:
皆さんそうなんですね。
優子さん:
けど、ねぇ?
考えても、どうしようもないことに鬱々としてるよりは
いま、したいことしようっていう風にね、なるたけ……
なるたけ、気持ちをそっちの方に持ってくように……
恭子さん:
そうですね。
優子さん:
たとえば、外へ出て散歩するとか、うん。
ここで会う人は、散歩してる人多いですよ。
倫生さん:
僕もしてますよ。
優子さん:
気分をちょっと替える。
恭子さん:
よく皆さん、歩きなさいとおっしゃいますね。
でも歩いたってね、別に何にも変わらないんだ、なんて思って……
優子さん:
歩くことを頑張らなくていいのよ。
「散歩する」ってことが大事なんじゃなくって
外に出て、太陽がまぶしいとか、風が気持ちいいとか
ご近所のお庭に咲いてるお花をちょっと見たりして
「あ、かわいいなぁ」と思ったり……
恭子さん:
そうですね……
そういう風に思えるようになるといいな……
優子さん:
いいふうになると、いいですね。
* * * * *
今回の物語はここまでです。「恭子さんの気分は晴れたの?」「元気になって帰ったの?」と気になる人も多いのではないでしょうか。この日、帰るときも恭子さんの顔は曇りがちでした。「認知症とともに、よりよく生きる」話のハズなのに、期待はずれだったでしょうか?私たちは、知っています。怖さ、寂しさ、つらさ、不安、なんとも表現しがたい感覚がひしめくトンネルから一瞬にして出られる魔法なんてない。だけど、私たちは知っています。時間の経過や心ある周囲の人たちの存在が、自分でも気づかないくらいゆっくりとトンネルの出口へと導いてくれることを。
今すぐ解決できないこともある。今すぐ変われないこともある。それでも何かせずにはいられない、そんなとき。立ち止まって目を閉じてみる。静かに息を吐きながらそっと目を開くと、見えなかったものが見えてくることがあります。「ともに、よりよく生きる」希望も、きっと。
(注)
ここで紹介するお話は、「暮らしの中にあるひとりの人」の声をできるだけそのまま伝えることを目指しています。本人の言葉は極力編集していません。また、個人情報に配慮し、実名掲載の承諾を得られた人は実名で、それ以外の人については適宜改変した名前で掲載しています。
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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。
以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。
認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?
【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】
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