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【Web連載】


認知症とともに、よりよく生きる   8

〜薬とのつきあい〜


水谷佳子


「くらしの研究会(注)」では、話し合いのテーマは特に決めていません。参加した人たちから、話したいことや聞きたいことが投げかけられます。いつも参加している人でも、その日その時によって、話し合いたいことは異なります。今回は、ほぼ毎回参加している静香さんが、初めてみんなに問いかけた話題です。

* * * * *

 静香さん:
    やっぱりお薬(抗認知症薬)って、その人に合うとか合わないとか
    効くとか効かないとか、あるんでしょうかねぇ。

永一さん
    薬なのに、いくら飲んでも、よくなる(治る)わけじゃないからね。
    早く悪くなるか、少しでも遅くするかの違いだから、
    分かりにくいよね。

静香さん
    薬を頂いてからね、
    聞いたことが消えてしまう、ということが
    少なくなったように思うんです。
    でも、それが薬の効果なのかよく分からないんです。
    もちろん、もの忘れもありますけど……

雅代さん
    本を読んだら、薬のことも書いてあったのね。
    進行を遅らせるだけなんですよね、今の薬はね。
    治すことは出来ないって。
    私は薬を飲んでますけど
    本当に薬で進行を遅らせることが出来てるのかしら?と
    思ってしまうのね。

    お薬について、私はもうちょっと、お医者さんの話を聞きたいかな。
    今のあなたは、この辺で症状が止まってるんだとか、
    この薬を5年飲んでて進んでないよとか、
    人によって違うのは分かるけど、そういうことを聞いてみたいかな。

    私は別の病院に通ってるんですけど
    ものすごい混み具合で、ものすごく待たされるわけでしょ。
    私は何か言われてもハイ、ハイと返事だけして、
    1〜2分で診察を終えて出てきちゃう。
    で、薬もらって……っていう感じでね。

永一さん
    自分は先生に言われた薬を飲んでいて、
    ああ、よくなったとか
    これでよかったんだ、と思えればそれでいいと思う。
    人によって違うものでしょ、体質とかもあるしね。

    自分は、先生にもらった薬がいいと思っているから、
    これでいいんだと思ってる。
    というのもね、
    お医者さんと、かかっている(受診している)人は、
    結局、信頼関係だと思う。
    信頼関係がなければね、何にしてもダメだからね。
    私はね、ここの先生は少し太ってはいるけど
    信頼してるからね。

一同
    大爆笑

幸吉さん
    そうですよね。
    あ、太ってるところじゃなくて(笑)、真面目な話ね、
    俺は、先生との信頼関係は大事だと思うけど
    認知症に関しては、薬は飲んでいない。
    一応試したけど、今は何も飲んでいないです。
    認知症の薬以外は飲んでるけどね。

静香さん
    え、ちょっと待って!
    じゃあ、先生から頂いているお薬は飲まないってこと?

幸吉さん
    えっと……そうじゃなくて。
    先生と話し合って、
    自分は薬は要らないって、自分で決めてる。
    だから、認知症に関する薬は出されていない状況。

静香さん
    え? 診察して頂いたらお薬頂くものじゃないの?

幸吉さん
    俺は先生と相談して、自分の意見も言って、
    薬をどうするか決めてるよ。

雅代さん
    先生がお薬を出すって言われた時、
    それを断るのって難しくないですか?

英子さん
    先生によりますよね。
    薬に関しても相談して決めましょうという方と、
    そうでない方といらっしゃるから。
    ここでは、薬のことを説明して下さった上で
    飲むか飲まないかは、
    ひとりひとり個人が判断するってスタイル。

雅代さん
    でも、湿布を貼るとかなら自分でも考えられるけど
    飲む薬をどうするかっていうのは、
    自分で決めろって言われてもなかなかね……

英子さん
    決めるだけの材料というか
    分からないことは、教えて下さるから。
    先生が説明して下さった上で
    飲むか飲まないかどうしますかって尋ねられるわよね。

    それに、先生は、
    今の私に一番よい薬を提案して下さるわけでしょ。
    それ以上のものが、ほかにあるかしら?
    これは効く、あれは効くと週刊誌とかTVとかで聞くけど、
    どれがいいのか……ね。
    そればっかりは私には分からないから
    先生がすすめて下さること、
    お薬に限らずね、アドバイスとかも……
    それが最善だと思うのよね。

静香さん
    ねぇ、あなたは先生のクランケなのに、お薬頂かないの?
    ここにいらして(受診した時)、何をされてるの?

幸吉さん
    先生とは、生活のことなんかを色々話したり、話を聞いたりね。

静香さん
    薬っていうのは病院に来れば必ず出るものじゃないの?

幸吉さん
    診察は受けるけど、薬はまた別の話だからね。

静香さん
    それもありなの?
    本当ですか?

永一さん
    先生と話すってだけでもいいじゃない。
    そういうスタイルもありますよ。

静香さん
    私は薬はできれば飲みたくないのね。
    昔から胃が悪くてね。
    だから診察は受けて、薬は飲まないという選択をしたいわ。
    そうかぁ、もらっても飲まなければいいのね!

雅代さん
    お医者さんに黙って飲まないのは
    お医者さんを騙すことになるんじゃないかしら?
    それに、お医者さんは
    薬を飲んでいると思って毎回診察されてしまうから
    薬を飲んでいるのに効きが悪いなぁとか、
    判断ができなくなっちゃうでしょ。
    先生も困ると思うわよ。

    「私はこの薬、飲みたくないんです」とか
    「私はこの病気に関しては、薬を飲まないです」って
    あなたの気持ちを話せばいいのよ。

静香さん
    でも、お金を払わないと申し訳ないじゃない?
    診察を受けたら、お薬の分もお金を払わないとね。
    お薬を貰わないと、ここに来づらいでしょ。
    お薬頂かないなんて、私、そんなに図々しいこと出来ないわ

永一さん
    薬はね、先生がつくってるわけじゃないし
    診察代は払ってるわけだから
    薬をもらわないことを引け目に思うことはないんですよ。
    要らないなら要らないって言えばそれでいいんですよ。

    先生に気を遣っているんなら、
    薬を貰って飲まないよりも
    はっきり、飲みたくないって言った方が、
    先生もあなたの気持ちが分かって有難いんだと思うよ。

静香さん
    そうなんですかね……
    本当にいいのかしら?と思っちゃうけど……
    皆さんにお聞きできてよかったわ。
    では、この話は御破算で(笑)

一同
    (笑)

わたし
    どうして薬を飲むのか、
    人それぞれ考え方も違うのかもしれないですね。
    英子さんは、心配だから飲むって言われますよね。

英子さん
    そうそう、そうです。

静香さん
    飲むと安心するっていうこと?

英子さん
    いやいや、そうじゃなくて
    効くか効かないかは分からないんですけど
    何かしてないと……これ以上進んでしまったら困る。
    今の薬は、治るっていうものではないと聞いてます。
    けど、進みが遅くなるものだっていうから
    それをただ信じて、せめて現状維持できれば。

    薬が効いているかどうか、実感できないんですけど
    自分では、ただ、飲まないのも、不安で。
    だから、それで飲んでます。

雅代さん
    進みが遅くなるっていうのは
    飲まなかった時の自分と比較できないから
    実感として、分からないですよね。

英子さん
    劇的に効くとは思えないけど
    安心料っていうのもありますね。

永一さん
    飲まないで悪くなったら
    飲まなかったからでしょ、ってなるじゃない。
    それよりはね、だったら飲んでおこうっていう。
    ただ、進行を遅らせるっていう薬ですからね……
    それが、どう効いているのか。

わたし
    痛み止めを飲めば、痛みがなくなる、
    みたいな効果は分からないけど……

永一さん
    今はこの薬しかない、だから飲んでいくみたいなね。

英子さん
    痛み止めみたいに、その時だけ飲む薬と、
    ずっと飲み続ける薬っていう違いもありますよね。

    ここで、時々検査しますでしょ、
    そうすると、今までの結果もあわせて
    状態の変化を見せてもらえるんですよ。
    なにか、見本があればいいのだけど。

    そうそう、こんな感じ(図)。
    いまの自分はここの段階で(①:青矢印)
    もし、薬を飲んでいなかったらここら辺だろう(②:赤矢印)
    という比較ができる、唯一のものよね。
    これだけが、効果が見えるっていうことなのよね。

    薬の力を借りて、このカーブになるかもしれない(③:青破線)
    飲まないでいて、このカーブになるかもしれない(④:赤破線)
    どっちを選ぶかって考えてみたら
    やっぱり、カーブが緩やかな方を選ぶわよね。

    ただ、説明して頂いた時には「そうなんだ」って思うし
    カーブが「見えて」はいるんだけど
    痛みがとれるとか、風邪が治るみたいに「実感できない」から
    普段の生活に戻ると、薬の効果が分からない……ってなっちゃう。

(図)
    神経心理検査(ADAS-Jcog.)の結果の推移を表したもの(サンプル)




永一さん
    薬は、効くと思って飲むのと、そうでないのとは違うよね。
    気持ち、もあるよね。

雅代さん
    ここで皆さんにお会いすると
    診断されてからの年月も、現状も、様々ですよね。
    こうしてお話を伺いながら
    5年前に診断されて……っていう先輩がいると
    ああ、こういう感じなの!
    じゃあ、私も先輩にならって勇気を持って生きなくちゃと
    元気が出るんです。

    自分ひとりでは、希望を持ちにくいけど
    元気に、生活を楽しんでいる先輩たちと会えることで
    病気のことを知ったり、
    先輩たちの生き方を通じて
    薬の効果を感じたりできるのね。

* * * * *
もし自分だったら、躊躇なく薬を飲むと思う。日々の暮らしのやりづらさや変化は、緩やかな方がいいもの。40歳で老眼を実感してから「老眼がある自分」に慣れるまで数年かかった。読めない、見えないことに戸惑う。手(対象物)と目の距離に戸惑う。「今までの自分像」から「今の自分像」を再構築するのに戸惑う。以前はシャンプーの成分表も、レトルト食品の調理法もサクサク読めたのに……。意味なく自嘲したりした。8年半を経た今、電車の中でも職場でも必要時には、さっと老眼鏡を使うようになった。それは、老眼鏡によって「見える」「読める」を実感できるからだし、「老眼鏡がなければ暮らしにくくて仕方ない」という自分の身の丈、以前の自分からの変化に慣れたとも言える。老眼だけでも変化に慣れるまでこんなに大変なのだ。暮らしにくさの変化は緩やかな方がいいに決まっている。

英子さんは言う。──カーブが「見えて」はいるんだけど、痛みがとれるとか、風邪が治るみたいに「実感できない」から──。抗認知症薬の効果を客観的に見ることは出来るけど、主観的に実感できない(しにくい)ということだろう。このことを、繰り返し考えた。もし自分だったら。進行が遅くなっているという理屈はわかる。でも、何か失敗があれば、認知症に結びつけて考えてしまうだろう。今までにないやりづらさを感じれば、「認知症が進んだのかも」と思ってしまうだろう。実際、認知症のせいかどうかは分からないけど、まとわりついて離れないそれは、ときに、「よりよく生きよう」とするエネルギーと希望を奪ってしまう。

自分自身の変化につきあい続けるには、薬はあった方がいい。でも、力強くわき続けるエネルギーと希望を、薬だけで得るのは難しい。何かが必要だ。雅代さんのいう「元気に、生活を楽しんでいる先輩たちの生き方」もそのひとつに違いない。

(注)
「くらしの研究会」
のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)で月に1回、不定期に開催。認知症・軽度認知障害の人が集まり話し合う場。診断された時期や受診している医療機関などは、それぞれ異なる。



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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。

認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?


【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】