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【Web連載】


認知症とともに、よりよく生きる   4

〜それぞれの断捨離〜


水谷佳子


  2017年1月。とある土曜日の昼下がり。診療時間が終わったクリニックに、ひとり、またひとりと、認知症がある人たちが訪れます。3世代で暮らす人。夫婦ふたりで暮らす人。ひとり暮らしの人。この日、最初にテーブルについたのは、介護付き有料老人ホームに暮らす淑江さんでした。

* * *

淑江さん:
    私、言葉が出なかったんですよ。
    何か変なこと言ってないかって、いつも気になってて。
    自分の言うことがちゃんと伝わってるのか、
    とんちんかんなことばっかり言ってないかなと、すっごい悩んじゃって
    生きてるのが嫌になっちゃったときがありました。

    ただ、幸いにも、ここの場を頂いて
    自信がないのにしゃべれる自分が不思議でしょうがないんです。
    皆さんの許容力に感謝してます。

英子さん:
    何かあったって、私たち覚えてないから大丈夫よ(笑)

義美さん:
    (笑)

淑江さん:
    私はね、忘れるんじゃなくて
    自己流なんですけど、消えてしまうんです、言葉が。
    自分が言った言葉も、聞いた言葉も、消えてしまう。
    それがつらくって……
    なんで記憶の中に入っていかないんだろうって。

淑江さんがため息をついたとき、「どうもどうも!」と明るい声がしました。幸吉さんです。

英子さん:
    先月お休みされたから、どうされたかと思ってたんですよ。
幸吉さん:
    いやぁ、参ったよ。
    階段のぼってたら急に意識なくなっちゃって
    階段から落っこっちゃってさ。
    救急車で運ばれて、10日くらい入院してた。
    しばらくの間、それまで覚えてたこと、みんな忘れちゃってさ。
    それに、恥ずかしい話、トイレ行くのも大変だった。

わたし:
    どういう意味で大変だったんですか?
    身体がいうこときかないってこと?

幸吉さん:
    身体がいうこときかないの。
    自分はトイレに行きたいって思うんだけど
    うちの奴に、肩借りてようやくだし
    自分でやってることが分からなくなること何回もあって。

わたし:
    例えば、トイレに行こうとして、
    奥さんの肩をかりて歩いてる最中に
    「あれ?自分はいま、何してるんだろう?」
    みたいな感じ?

幸吉さん:
    そう。
    「いま、自分は何やってるんだろう」って。
    何て言ったらいいかな、
    意識がなくなるのとも違う、忘れるのとも違う、
    分からなく……なる。
    それに俺、太極拳はずいぶん通ってて、
    ひとりで何でもできたんだけど
    退院したあと、家でDVD見ても分からないときがあったんですよ。

わたし:
    分からないっていうのは、動作を真似できないってこと?

幸吉さん:
    そう、真似できないの。前はできたのに。

わたし:
    こうしたいってイメージはあって、前はその通り動けてたのに
    身体に伝わっていかないって感じ?
    どう動いたらいいのかが分からない?

幸吉さん:
    そう!
    ふつう、どこを動かそうなんて考えずにやってるでしょ。
    それがね、どうしたらいいのか、分からない。
    それって、悲しい。
    本当に悲しかった。
    もう、ここに来れないと思ってた。
    二度と来れないと思ってた。
    でも(入院先の)先生が、あきらめるなと。
    したいことをあきらめるなと。
    とにかく頑張れと、したいことのために。
    だから、今日来れて嬉しかった。
    ただね、ちょっと俺、涙もろくなっちゃった。

英子さん:
    分かりますよ、何だかね、そのね……。

幸吉さん:
    俺ね…
    「あれ?俺、いま何やってたっけ」っていうこと、何度もあったの。
    入院してた頃は特にね。
    (入院先の)先生に、
    「あんた、ふざけてるんか」と言われたこともあったんですよ。
    ふざけてるわけじゃねぇんだけど、思ってることができなくてねぇ。
    自分がしたいと思ってること、
    しようと思ってることができないとね、
    涙が自然とでてくるよ、本当に。
    俺、今日ここまで来れないと思ってたから……
    でも、来ることが出来た。
    これって、飛躍的だなって思った。
    誰かの言葉じゃないけど、自分で自分を褒めたいなって思った。

英子さん:
    ほんと、よかったですね。

淑江さん:
    この前休まれたって聞きましたので、
    こうして来られてよかった。

わたし:
    したいこと……幸吉さんの話だったんですけど
    今年、してみたいこと、
    今日明日でもしたいこと、
    これやろうってことありますか?

英子さん:
    今年はぜひとも断捨離したいですね。
    大きな仕事が残ってるって気持ちが常にあるんですよ。
    でも、整理して捨てるっていうのが
    ものすごく大変なことなんですよね。
    まだ使えるものを捨てていくっていうのがね。
    でもね、今やっとかないと、
    これから先ますます出来なくなるかなと思って。
    毎年思ってきたことですけど
    今年こそは、ちょっとでも整理したいっていうのがあるんですよ。
    自分が何かをできるようにっていう目標とは違いますけど
    家族のために……。
    それにね、家の中のものを整理して、シンプルにすると
    ものが少なくなるし、探すものも少なくなりますよね。
    同年代では割と、やってる方が多いんですよね。
    だから、乗り遅れないようにって思うんですけどねぇ(笑)

淑江さん:
    難しいですよね。
    私は老人ホームに移る時に、やっと、全部整理がついて。

英子さん:
    調理器具ひとつでも、自分が使いたいものってありますでしょ。
    私は、お菓子つくる道具もたくさんあるんです。
    もう、たぶんお菓子つくらないなって思っても
    思いきって捨てるっていうのがなかなか…。

淑江さん:
    私も抵抗ありましたけども……
    「目をつぶって」と娘に言われましたから、もう、目をつぶってね。
    「お母さん、ホームに入れば、何もなくていいんだから」
    と言われましたけど、それでもどうしようもなくてね。
    もぬけの殻になっちゃいましたよね、胸の中がね。
    (ホームでは)食事を全部、用意していただいてね。
    でも、それもまた寂しいですよ。
    自分が買いたいものを買って、
    料理したいものをつくって食べたいのに……
    でも、それは感謝しないといけないなと。

幸吉さん:
    あの……いま言われてた「ダンシャリ」っていうのは……

英子さん:
    断絶の「ダン」、「シャ」は捨てる、「リ」は離れるって書いて。

淑江さん:
    大事なもの、いっぱいありますでしょ。
    あるものを捨てて、執着しないってことですね。

幸吉さん:
    俺は今、食事制限やってるんですよ。
    塩分ダメ!糖分もダメ!
    しょうがないから俺は、女房に、酢で味をつけてもらってるんですよ。
    前に俺、水泳やってたんですけど、倒れたもんで、
    入院先の先生からドクターストップかかっててね。
    そのうち、また水泳できるようになりたい。
    そのために努力しようと思ってるんですよ。

わたし:
    幸吉さんは、やりたいこといっぱいありますね。

幸吉さん:
    ある!! 山ほどある!
    なかなか出来ないけど(笑)

義美さん:
    私はね、別のクリニックに通ってるんですけども
    去年の9月くらいに「ちょっと(認知症が)始まってるね」と言われて。
    それからも、日常生活の続きをずっとやってます。
    オレンジリングも持ってるし
    地域包括の広報協力員をやったり
    そこで、転倒予防の教室も一緒にやってます。
    認知症のことよりも、もっと前に……
    おととしに1回、閃輝暗点(せんきあんてん)っていって、
    目の中に、突然星のような形が見えるんです。
    やった人は分かるって感じなんですけど。
    私、生まれて初めてだったから、かかりつけの先生に電話したら
    「救急車呼んで、眼科のある救急病院に行きなさい」って言われて。
    救急車に乗ったら、血圧の上が230、下が180だったの。

一同:
    そりゃ高い!!
義美さん:
    検査受けたら、(救急病院の先生に)
    「あなたは一過性の脳梗塞だった。
    奇跡的に、詰まった血の塊が本当にわずかな時間で消えちゃった。
    流れちゃったんだ」
    と言われて。
    それからはやっぱり血圧高めで、薬を飲んでるんです。
    ところが去年の6月くらいから、また閃輝暗点がはじまって、
    去年だけで8回やってるの、合計9回ね。
    9月くらいからは、
    しゃがんで、靴のひもを結んで立ち上がると、くらっとするんですよ。
    さっき、お話伺っていて、倒れた方がいるって仰ってましたよね。
    私の場合は、くらっとなる。
    バスで座ってて、降りる時に立ち上がって(バスの)階段下りるでしょ。
    段をおりて歩道に立って……歩き出して3歩くらいいくと
    やっぱり、くらっとくるんですよ。
    だから今、どうやったら突然倒れないでうまく逃れるか。
    壁際を歩くとか、バスを降りたら電信柱にちょっとつかまってるとか
    いろいろ発見しようと……自分なりにね。
    それが、いま私のやってることかな。

一同:
    なるほど〜

美さん:
    自分はいつ死ぬか分からない。
    けっこう私、早め早めにやる人なんだけど
    まさに、いつ死ぬか分からないからと思ってね、
    どんどん捨てるものは捨てる、断捨離中なんです。

淑江さん:
    分かります〜

英子さん:
    やっぱりねぇ

義美さん:
    うん、もうね、ダカダカ捨ててね(笑)
    閃輝暗点も気にかかるけど、認知症のこともね。
    最初に怪しげだと思ったのはね、ずいぶん前だけど
    パソコンの操作が一瞬、分からなくなったことが1回あったんです。
    それとね、1年前くらいかな、
    お店に入って買い物して、出てきた時に
    私はどっちから来たのかが分からなかったんですよ。
    その時に
    「ああ、これが認知症の人の、迷子になる原因だな」
    って思って、お店の中に戻ったの。
    そして、私はどう入って来たかなって考えて
    お店の入り口まで戻って
    入ってきた自分をもう一回考えて、景色を思い出して
    「ああ、この景色だったな」って思ってそっちへ帰ったんですよ。
    で、そういうことを、3つくらい経験して
    認知症ってこういう感じねって思ってた。

英子さん:
    私なんか、ものすごく方向音痴で……
    若いころから苦手でね。

義美さん:
    女の人って、どっちかっていうと方向音痴ですよね。

英子さん:
    男女差っていうか個人差ですよね。
    もともとの得手不得手っていうのはありますよね。
    そういうところは、自分では欠けてるなって分かりますね。

義美さん:
    私は、だからね、これは私の苦手な部分って思って
    「自分はダメなの」っていうのは置いとくんです。
    これは昔から苦手だったんだから
    今更できなくても、まぁいいかって。

淑江さん:
    さっきの断捨離ね、
    それを自分に……今のような感じで置き換えて
    まぁできないことは諦めるようにと考えたら
    今、ちょっと気持ちが楽になりましたね。

わたし:
    断捨離はモノだけじゃなくて……

淑江さん:
    そうそう。
    いま本当にね、再確認しました。

わたし:
    拘りたくなる、だけど、拘るからつらくなる。

淑江さん:
    そうそう。
    だから、その拘りを断捨離すればいいんです。
    できないことがあれば、
    「もう、これは私には、どうしたってできないんだわ」って思ってしまえば
    意外とすっと、ストンと胸におちたんです。
    そしたらね、今、びっくりした……気が楽になったの。

義美さん:
    助けてって言えばいいのよ、堂々と。

淑江さん:
    助けてくれる人がいたとしたらね。
    でも、そういう人はなかなかねぇ。
    だけど、どこかでプラス思考しながら、出来ないものは諦める……
    マイナスな意味の諦めじゃなくてね、気持ちの断捨離。
    それなら自分でできますよね。
    今日は嬉しかったです。
    しゃべれるだけで、嬉しいんです。
    認知症になると昔のこと全部忘れる、なんて聞きますけど
    それよりも、今の言葉が全部消えることが恐ろしくて
    言葉が発せられなくなってる状態なんです。
    言いたくても、うっとなっちゃう。
    それで、人と会話できない、入れない、逃げてしまう、
    そんな状況がつらくて。
    どういう風に乗り越えていったらいいものか……。
    また皆さん、ご一緒させてくださいね。

* * *

 捨てようと思っても、なかなか捨てられない。捨てたくないのに、捨てざるを得ない。大切なもの、自分に価値あるものだけを傍らに暮らす。豊かな暮らしは、所持するものの数と必ずしも一致しない。いま、ある(持つ)ものを使って、どう生きるか。──それぞれの断捨離は、認知症とともに生きる営みのありようを映しているように思えました。
 認知機能の低下は止められない。いまの自分と折り合いをつける。そうは言っても、気持ちはそう綺麗に整理はつかない。何度も繰り返し失う体験と、日々刻々襲いくる恐さ、不確かさは、解決できるものではない。でも、何度も何度も話したり、ほかの人の話を聴きながら、自分なりに「認知症とともに、よりよく生きる」時間をつくっていくことはできる。──認知症と生きる希望、なんて簡単に口にできないけれど、私なりの希望を見つけたような気がしました。


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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。

認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?


【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】