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【Web連載】


認知症とともに、よりよく生きる   3

〜幸吉さんの場合〜


水谷佳子


  「認知症の人同士、気兼ねなく話したい」「ほかの認知症の人と出会いたい。話を聞きたい」──そんな声から始まった「くらしの研究会」。月に一度、土曜日の昼下がり、のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)で開催しています。ファミレスみたいなカフェスペースで、好きなものを飲み、時には持ち寄ったおやつを食べ、その時々の気分と雰囲気でさまざまな話題がひろがります。ルールはありません。参加した人たちがお互いに配慮しあう心遣いがあるだけです。
 今回は、ある日の「くらしの研究会」のひとコマをご紹介します。

* * *

幸吉さん:
    あのさ、この前テレビで見たんだけど
    片足立ちは認知症にいいっていうから、
    僕、ずっとやってるんだよね。

* * *

「認知症にいい話?」「なになに?」
テーブルを囲んでいた、わたしたち──英子さん、博さん、美穂さん、わたし── はいっせいに、幸吉さんの方を向いて座り直しました。

* * *

英子さん:
    私もずいぶん前から歯磨きしながら片足立ちしてるけど、
    全然効果ないから、いま、ここにいるわけよ(笑)
    ねぇ、皆さん、認知症にはこれがいいっていうのはあるんですか?
    色々話聞いていると、
    運動はいいっていうみたいに感じるんだけど。

幸吉さん:
    僕には運動が一番あってるんじゃないかと思いますね。
    ただ、大事なのは、「やらされてやる」んじゃない、
    「自分がしたいことをする」っていうことだよね。

    よく皆さん、水泳とかウォーキングとか
    フラダンスとか色々されてますよね。
    教室に通ったり、サークルに入ったりしてね。
    でも、何をするにしても、
    せっかく月謝払ってるんだからとか
    誰かが言うから仕方なしにやる、みたいに
    やらされて日課を過ごすんじゃなくてね、
    自分が楽しんで参加するってことですよね。

    自分のためになるし、なんというのかな…
    色んな意味で、自分がそれによって生かされているんだ、
    自分がすることによる楽しさ、生きがい、というかね、
    そういうのが、いいんじゃないかって思うんですよ。
    いや、運動だけに限らずですよ、うん。

わたし:
    たとえば手芸が好きな人は……

幸吉さん:
    そうそう!そういうこと。
    手芸でもいいし、本読むんでもそうですよね。

博さん:
    私は、できるだけ散歩するようにしているんです。
    前の家の近くには、お寺さんがあって、
    朝と夕方、散歩するのが、もう、楽しみだったんです。
    ちょっと小高いところから境内や墓なんか眺めていると
    気持ちが安らぐんですね。
    すごくいい気分になるんです。

    毎日それができていたのに……
    ごく最近、こちらの方に引っ越してきたもんで
    今はそんな場所がないですから、女房と一緒にね。
    僕はひとりで散歩しても寂しくなることはないんですけど
    引越して来たばかりのこちらで、ひとりで散歩してもねぇ……。

幸吉さん:
    僕はプールに行ってるんで、
    プールで会った人全員に必ず挨拶するんですよ。
    返事があろうが、なかろうが根気よく話しかけますとね、
    「お前、なんだ?」って顔してた人でも
    必ず返事がかえってくるようになりますよ。
    何も特別な話題を思いつかなくても、
    「奥さん、どこから通ってるの」とか
    「おいくつなの?若いですね」とか
    話題って尽きないよね。

    散歩もよくしますよ。
    家の近くも歩くし、ちょっと出かけた時には駅から家までとか
    色んなコースをね、一万歩以上歩くよ、僕。
    一時間以上歩いても平気だよ。

博さん:
    毎日!?

幸吉さん:
    毎日はそんなに歩かないけど、最低4〜5000歩は必ずね。
    そうすると、色んな人と出会いますよ。
    まちなかを歩いてさ、
    知らない人でも「こんにちは」って挨拶してると
    たまたま偶然、同じ人と顔合せたりしてさ、
    それが3〜4回も顔合せると、
    「ああ、この前どうも〜」「元気でした〜?」なんつって
    話しかけるのが好きなんですよ、僕。

英子さん・美穂さん:
    いいわねぇ〜

博さん:
    私はね、日本人って……
    知らない人とすれ違ったとき、本当に無愛想だなといつも思う。
    というのもね、朝、女房とふたりで
    近所の公園の池の周りを散歩するんですけどね、
    顔をあわせても
    「こんにちは」とか、「おはようございます」と言う人が
    誰一人いないんですよ。
    挨拶するのは、外国人だけですよ。
    アメリカ人なんかは、英語で話しかけますとね、
    彼らはちゃんとニコニコとしてね、挨拶が返ってくる。
    でも、日本人はまったく無視ですよ。
    私はね、日本人は寂しいなと感じますね。

英子さん:
    私はね、毎朝6時前後に公園を散歩するんですよ。
    毎朝決まった時間に散歩しますと、結構顔見知りになってね。
    挨拶して、また次の日にその方と会うと、挨拶してくれますね。

博さん:
    私の場合は相手が悪いのかもしれないね(笑)

一同:
    (笑)

英子さん:
    男の人だと、やっぱりね、
    挨拶が返ってくる人とこない人がいらっしゃるけど…
    公園をだいたい一周する間に会う人それぞれですね。
    まわり方次第で会う人も違うし、
    考えてみれば、女性と男性、だいぶ反応は違いますね。

    いつだったか、テレビで見たんですけど…
    何かの番組でね、若い子たちがスマホを持たずに
    どれくらい耐えられるかっていう実験をやってたんです。
    男性だけのグループ、女性だけのグループに分かれて
    スマホを持たずに過ごすっていうような。

    面白かったのはね、
    女性のグループはスマホなしでも…
    スマホ中毒のような子でもね、すぐ、同じグループの人同士、
    話しかけたりね、会話が始まったんです。
    男性はというと、あっち向いたりこっち向いたりね
    そのうち、もう耐えられなくなって、
    ちょっとパスします、なんて言って出ていったりして
    なかなかコミュニケーションとれないんですよね。
    その辺女性はね、すすっと入れるんですよね。

美穂さん:
    女性同士はね(笑)
    男性はちょっと苦手な人が多いのかもね。
    でも、幸吉さんはねぇ……

幸吉さん:
    僕の場合はね、誰と話す時でも、
    相手にされようがされまいが話しはじめるんですよ。

美穂さん:
    まず、声をかけるわけね。

幸吉さん:
    そう。一回目挨拶しても、フンとそっぽ向く人もいますよ。
    でも、相手を自分の鏡だと思って話しかけるとね、
    やっぱし、必ずかえってくる。
    10人中9人はかえってくる。

一同:
    へぇ〜

幸吉さん:
    それでも返事がかえってこない人がいてもね、
    顔をあわせたら挨拶をする。
    それが10回目、11回目、12回目になると
    必ずかえってくる。
    必ずかえってくる、うん。

    相手は自分の鏡だと思うとね、自分自身腹も立たないですよ。
    「人が挨拶してるのに、そっぽ向いていきやがった」とか
    「自分が何回挨拶しても、返事もかえってこない」
    っていうんじゃなくて……
    自分をよく見せよう、っていうんでもなくて……。

    自分がその時、どういう気持ちで挨拶したのかな。
    自分自身に何か至らないところがあるのかな。
    というふうなことを考えて、「相手から何かを学ぼう」とね。
    返事がなかった時には、
    自分がいけなかったのかなぁと僕は感じてます。
    きれいごとじゃなくてね。
    そうして、相手に接していくと、
    必ずかえってくるような気がします。

美穂さん:
    自分から声をかけるってことが大事なのかなって
    いま、幸吉さんの話を聞いて思った。

幸吉さん:
    そう!うん。そう!

美穂さん:
    声をかけてもらうのを待ってる……んじゃなくて

幸吉さん:
    そうそう!

美穂さん:
    返事がかえってこなくても
    自分から、おはようと言い続けるというか……

幸吉さん:
    そうそうそう!
    だから、一番先は挨拶からですよね。

美穂さん:
    最初は目礼でもね。

幸吉さん:
    そうそうそう!

博さん:
    私はね、散歩している時よく話しかけるのは、
    わんちゃんを連れている人。
    必ず立ち止まってね、話しかける。
    わんちゃんのよいところを、ちゃんと褒めてね。
    それで、
    「実は私はね、小学生くらいからずっと犬を飼っていまして
    犬が大好きなんです」と、そういう風に話しかけますとね、
    色んな話がどんどんどんどん広がっていくんです。

美穂さん:
    それ、いいですよね。
    会話のきっかけには、確実だと思いますよ。
    わんちゃんね!

博さん:
    運動のように歩いている人たちは、
    皆さん一生懸命歩いてますからね。
    いきなり止めて、話しかけるわけにもいかないですから。
    わんちゃんの散歩している人なら
    その点、話しかけやすいですね。

美穂さん:
    皆さん、結構スピード出して歩いてるんですか?

博さん:
    皆さん、速いですよ。
    女房とか娘なんかも速いです。
    私はもう歳のせいか(笑)

美穂さん:
    じゃあ、わんちゃんを見つけて
    その人に話しかければいいわけね。

博さん:
    そうなんです。
    私は小学生の頃からたくさん犬を飼ってきましてね。
    でも、もう、今の家では飼えないですしね。
    わんちゃんを見かけると、
    何かしら声をかけてやりたくなるんですよ。

英子さん:
    犬って、褒められるとわかるのよね。
    尻尾ふってねぇ。

美穂さん:
    そうやってお散歩の中でも、
    最初は目礼から始まって、徐々に「お名前は?」とかね。
    きっかけは色々、あると思いますよ。人によって違うけど。

わたし:
    あのう、うちも犬を飼ってるんです。
    スピッツっていう種類の。

博さん:
    ああ、そうなの!スピッツね!分かりますよ。
    昔はたくさんいたよね。
    あなたが散歩いくの?

わたし:
    うちは、ふだんダンナが散歩に行ってくれるんです。
    ダンナは強面で、ぶすっとしてて
    普通だったらまず女の人に声をかけてもらえないタイプなんです。
    だけど、犬連れだと声をかけてもらえるらしいんですよ。

一同:
    うあはは!

わたし:
    スピッツって白くてふわふわしてるんです。
    それを3匹連れてると、
    女子高生くらいの女の子も声をかけてくれるんだって。
    犬連れてなかったら一生話さないようなね。
    ダンナはもう、ニコニコして帰ってきますよ。

一同:
    あはははは!

美穂さん:
    うんうん、そうよね、そういうきっかけでね!
    出会いがあるっていいわよね。

幸吉さん:
    そう言われてみればさぁ、
    高校生とか中学生とかって、挨拶しても返ってこないし
    変なオジサンって見られちゃうよね。
    同じくらいの年配の人、
    ある程度、歳いった人だと必ず返ってくるんだけど。
    言われてみればそうだねぇ……
    俺も、じゃあ、犬飼おうかな!

一同:
    あはは!

美穂さん:
    いいじゃないですか〜

幸吉さん:
    だけど俺、犬とか猫とかあんまし好きくないんだよね。

一同:
    あはははは!

* * *

 その後もそれぞれお茶やコーヒーを飲みながら、日ごろ楽しんでいること、挑戦していること、我慢していることなどなど……話題はつきません。
 そろそろ終わりの時間が近づいてきた頃、幸吉さんが言いました。
* * *

幸吉さん:
    僕、もうひとつだけね。
    人と話す時、相手の目を見て話すと必ず返事がかえってきます。
    それも、ほら、怒ったように話すとか
    ただ単に、社交辞令で話すとかじゃなくて
    相手の目を見ながら、
    巡り合えた喜び……ちゅうんですか、
    そういうのを感じるようになると
    必ず返ってくるんじゃないかなと。

美穂さん:
    そうだと思いますよ。
    そうあってほしい、というかね。

博さん:
    まったく、そうあってほしいですね。

幸吉さん:
    皆さんもそうだと思うんですけど
    スーパーとか色んなとこで、たまたま会う人すれ違う人はいるけど
    顔も見ずに、何も話さずに、通り過ごしてること、多いと思うんだよね。

    でも、顔と顔があって、目と目があって……
    何回か同じ人と会って、
    「ああ、こんにちは」と挨拶から始まって、
    それを何回か繰り返してるとさ、
    色んな人と、お話が出来るじゃないですか。

    それが僕、楽しみなんですよ。
    そうやって、人と人とのつきあいが生まれるっていうか。
    自分だけじゃ、やっぱし生きられない。
    挨拶から始まって、色んな人と話したりなんかしてると
    支えたり支えられたりして、
    そうやっていくのがいいのかなぁと、僕は考えてるんです。
    それがいいか悪いかは分からないんですけどね。

* * *

 人と人のつきあい。「認知症だから」ではなく、「認知症の人だから」でもなく、たまたま出会ったから、目と目があったから、そこに「ひと」がいることに気づいたことから始まる、関わり合い。わたしは今日、家からクリニックに来るまで、どれだけの人とすれ違ったのだろう。どれだけの人と、目があっただろう。人の気配は感じても、「ひと」がいることに気づいていただろうか。 
 その日の帰り、いつもより少しだけ視線をあげて歩き出したら、ちょっぴり風景が違って見えました。


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*水谷佳子(みずたに・よしこ)さんは、
 のぞみメモリークリニック(東京都三鷹市)の看護師。
 1969年東京都北区生まれ、コンピュータプログラマー、トレーラードライバーなどを経て、2005年に医療法人社団こだま会こだまクリニック入職、2012年からNPO法人認知症当事者の会事務局、2015年にのぞみメモリークリニックに入職されました。
 認知症がある人・ない人がともに「認知症の生きづらさと工夫」を知り、認知症と、どう生きていくかを話し合う「くらしの教室」を開催。「認知症当事者の意見発信の支援」を通じて、「認知症とともに、よりよく生きる」人たちの日々を講演等で伝えながら、「3つの会@web(http://www.3tsu.jp/)」という認知症の人が情報交換出来るウェブサイトの管理運営の支援もされています。

 以下は、このweb連載をはじめるにあたっての、水谷さんからのメッセージです。

認知症に関連する仕事をするようになって、
認知症の生きづらさ、認知症をとりまく様々なこと、
認知症とともに生きることを考えるようになりました。
答えのない問いや悩みの中で希望を探すうち
「認知症を考えることは、自分の生き方を考えることだ」と
思うようになりました。
認知症をきっかけに、「よりよく生きる」ことを一緒に考えていきませんか?


【連載は隔月に1度、偶数月中旬の更新を予定しています】